10th Aniv.: Ultima Online

 10周年記念企画第4弾は、皆さんご存知Ultima Onlineだ。

 Ultima Online(以下UO)の発売は、1997年9月末。日本代理店版の発売は約1ヶ月後の10月中旬だった。ある意味この時期が、日本における「MMORPG到達記念日」であったと認識してかまわないと思う。

 当時の日本人のUOプレイヤー候補生たちにとって最大の命題は、「いかにして発売日直後にパッケージを入手するか」だった。当時はまだオンラインゲームの個人輸入全盛期(EQ、DAoCあたりが個人輸入のピークで、その後は日本の業者やDL販売が主となっていったように思う)を迎えておらず、いわゆる「定番海外通販サイト」というものが確立していない時期だった。そのため、日本人プレイヤーの多くは、コミュニティなどで話題に挙がった、さまざまな海外の通販サイトのなかから、勘だけを頼りにショップを選択し、あとはひたすら自分の選択したショップが、ちゃんと発売日直後に発送してくれる「アタリ」であることを願いながら、UOの発売日をいまやおそしと待ち続けた。

 しかし願い空しく、その結果は「『公式サイトでの通販』を除いてほぼ全滅」という凄惨な有様になってしまった。初期ロットが少なかったのか、発売直後のUOはMMORPG史に残るであろう品薄状だったのだ。伝え聞いたところによれば、アメリカ本国での供給も追いついておらず、ましてや日本では、アメリカでの発売日に近い日に手に入れることができたのは、極々限られた小数の人たちだけとなってしまった。

 かくいう私も見事にこの「入手戦争」に敗退。m59から一緒にUOに移住してきた友人が、公式サイト予約でまんまとUOを入手しているのを尻目に、私は結局日本代理店版の発売まで、悶々と過ごすことになった。

 そして忘れもしない1997年10月17日、ついにUO日本代理店版が発売された。私はこの日、人生で最初で最後の「開店前に店に並ぶ」という愚挙を、東京都秋葉原はTWO-TOPにて敢行し、ついにUOを手に入れたのだった。今でもあの朝もやの秋葉原に集結した、日本オンラインゲーム界の未来を担う、愛すべきバカたちの姿は忘れられない。えぇ、いろいろな意味で。

 で、βテスト最終日以来となるUOをプレイしたわけなんだけど・・・。

 ちょっと私の求めていたものとは違ったという結果に終わった。どうしてもm59と比較してしまう私の目からすると、UOはあまりにもコミュニケーション性が乏しく、戦闘を軸にしたときのキャラクター間バランス、個性付けという概念がないに等しいものだったのだ。ありていにいえば、少々失望した。

 まず圧倒的に使いにくいチャットシステム。これは、現在のUOがどうなってるのかは知らないけど、私のプレイしたクラシックUOについていえば、ついに私が合格点を出すことはなかった部分だ。IRCを使用していれば済む問題ではあったけど、IRCがあるからUOの機能が低くてもUOの評価が下がらない、というものではない。はっきりと、「UOはコミュニケーションというMMORPGにおける重大要素を欠いたゲームだった」と言いきれる。これを補ったのは、UOの力ではなく、我々プレイヤーの適応力の賜物なのだ。

 そしてキャラクター。最終的に戦闘員を志向したほぼ全員が、同じような魔法戦士となるデザインには辟易するほかなかった。そしてこの、全員が同一タイプ化することを強いられるデザインに対する失望感、没個性への反発こそが、クラスシステムを採用したEQに飛びつき、絶大なる期待を寄せることになる、最大の原因となるのだけど、まぁ、それは次の話だ。

 しかしそれでも、UOの為した功績はあまりにも大きい。

 そのなかでも最大の功績はやはり、MMORPGというジャンルをある程度一般化した、ということに尽きるだろう。マイナー、マニアックの謗りは免れないとしても、オンラインゲーム界においてMMORPGというジャンルを確立し一大勢力化したのは、Meridian 59でもRealm OnlineでもなくUltima Onlineに他ならなかったのだ。

 また、いわゆる「生活」面におけるUOの多彩さは、いまだもって他の追随を許さないものがあるし、そもそも「生活」というプレイスタイルそのものを確立しただけでも、UOは歴史に名を残す資格がある。ましてや今日におけるまで、UOに匹敵するほど自由な「生活」を提供してくれたMMORPGは、ほとんどないといっていいのだから(私のプレイした中ではSWGがそれに近かったくらいかな)、そのゲームとしてのオリジナリティには驚かざるを得ない。

 そんなわけで、戦闘に失望し、生活という新しいMMORPGの遊び方を得た私は、全く戦闘関連スキルを上げずに、羊を大量に飼いならしては、絶海の孤島を羊まみれにしてやったり、Recallもつかえないままにダンジョンに乗り込む友人のあとをつけて惨殺されたり、友人宅でスキル上げに殴り合いをしたり、友人と船に乗りながらサッカー日本代表を応援したりといった、まったりプレイを楽しんだ。

 んが、結局私にはそのプレイスタイルではあまりに刺激が足りなかったし、かといってUOでPvPをする気には到底なれなかったということもあって、戦闘、生産、利殖、消費をあらかた体験すると、割とすぐにUOへの興味は失ってしまった。

 ので、その後はMMORPGに関していえば、また専らMeridian 59をプレイして、きたるEver Questの発売を待つことになるのであった。

10th Aniv.: Ultima Online」への4件のフィードバック

  1. 懐かしいですね。海外旅行ついでに現地PCショップ覗いたのはいい思い出です。
    アマゾンやPc和歌山知ったのもこの時期かな(笑

    コミュニティに関しては確かにIRCやICQ無いと不便でしたねー「プレイヤーの適応力の賜物」には同意。
    ま、UOと言うコアなゲームやってる人らですから・・(笑)

    キャラクターに関しては効率を求めると自然と魔法戦士になるんですよね。鉱石堀にもゲート便利でしたし。でもスキルによって色々プレイスタイル変えられる(変更できる)のは画期的でしたね。

    あと日本公式の話ですが意外とプレイヤー寄りでPCtown建設時など色々融通利かせてくれました。まさかロードプリティッシュ生でくるとはー

    返信
  2. TM_R

    スクロールを大量に書こうとして大量購入。
    しかし荷物が重すぎて動けず、
    BCG君に助けを呼んだのはいい思い出。

    逆にBCG君が
    「俺はブリタニアを釣る」
    と船で釣りに出かけて死体で帰ってきたのも
    いい思い出。

    返信
  3. jfefe

    開店前の秋葉原のラオックスに並んでUOを買った。
    なんかの雑誌かなにかの人にUOを買った数人でならんで
    写真を取られたのは若さゆえの過ちだった。

    返信
  4. Nez/蝿

    vさん:
    現地ショップは最大の勝ち組!?
    PC和歌山がいつ開業だかは知らないけど、
    日本の輸入ゲーム店がいろいろでたのは
    DAoC移行くらいじゃないかなぁ。
    EQ、DAoCのころはEBが最大手だった気がする。

    TM_Rさん:
    拾う伐る掘る作る買う売るに関しては、UOはいろいろできて面白かったねー。
    焚き火で焼肉するだけでもなんだか楽しかったあの日々。

    SWGの採掘や発電や工場は、その上を行くかと期待したけど、
    少し懲りすぎてて取っ付きが悪いのが残念だった。

    jfefeさん:
    それは致命的な過ち。
    ・・・さて、バックナンバーは、と・・・・(ない)

    返信

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。