日記: 11月23日(2011年)

 「就活ぶっ壊せデモ」なるものが開催されたそうだ。

 と、たまには真面目(?)なテーマで日記を更新しておくべく、こんなネタを取り上げてみた。みんなが就労できることはとてもよいことだし、不満を声に出せることはすばらしいと思うので、頑張って欲しい。

 とはいうものの、このデモ自体には統一的な方向性がなくて、取り上げたはいいけどちょっといじりにくいね。主張内容がよくわからない。ニュースに挙げられている、てんでばらばらで自己中心的なプラカードやシュプレヒコールだけを見てたら、逆になんだか応援する気が薄れてきてしまった。

 就職難の苦しみはわかるし、そんな苦しみは少ないほうがいいと思う。その気持ちは同じなんだけど、主張の方向がなんとなく他力本願というか、他人や状況だけのせいにしようとしているというか、自省する気持ちがあまりにも見られないというか、そんな気がしちゃうんだよなぁ。共産主義的といえなくもない。カトリック的でもある。ギリシャを見ている気分にも似ている。おんぶにだっこ(もちろんそういうネガティブな主張ばかりをニュースが選別していないとも限らないけどね)。

 結局、運命を切り開くのは自分の努力と才能。っていう点だけは忘れないで欲しいものだ。特に才能のほう。社会にはそういう厳格な壁があることを無視しすぎるのは問題だ。

 そういう意味で、日本の過ぎた平等教育は良くないね。「誰でも努力すればマスオさん的サラリーマン程度にはなれる」というのは、現代教育が吹聴した最も残酷な嘘だ。本当は「マスオさんにすらなれないのが普通」というのが正しい。どうあがいても全員がイチローにはなれないことはわかるのに、マスオさんには誰でもなれなきゃおかしいと思っている。そこが不幸の始まり。

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