日記: 3月23日 (2004年)

 更新頻度が落ちている。理由は簡単で、ネタがないからだ。

 うーん、最近やってるゲームの話でもしてみようか。EQJ。CM01/02。

 EQJ、ぼちぼちやってます。知ってる人はなにやってるかも知ってるだろうし、ここで書いては意味がないので書かない。EQJは基本的に、ここのネタにならない。終わり。

 CM01/02。結構だれてきた。当たり前なんだけど、結局強い選手のいるチームが強いんだよなー。リアリティが高い分、個々の選手の素質に頼る分が大きい。いい選手がいること、というのが勝利に必要な動かせないファクターになってる。

 何年か好調にシーズンを続けて、経営がうまく行き、資金が潤沢になれば、強い選手をチームに引っ張ることで、弱いチームを強くする事が出来るのかも知れない。でも、それは選手への愛着とかを感じてしまう私としては(そして感じないと楽しめない私としては)、あまり嬉しくないんだよね。ブラックバーンのイレブンを、11人まるごと金で集めて、フォワードにニステルローイとアンリ、ボランチはビエラにスコールズ、ウィングはベッカム、ギグス・・・とかやって、それで勝っても、それはもうブラックバーンではない気がしてしまう。「これなら、始めからマンUとかアーセナルでやれば良かったんじゃ?」って思ってしまう。

 かといって、戦術とトレーニングでフォローできる部分には限界がある。どれだけトレーニングを積み、どんな戦術で挑んでも、なかなかブラックバーンではアーセナルに勝てない。たまに勝てるようになる、というのが精一杯のようだ。この辺、選手の能力が完全に数値化されている分、ある意味現実以上にシビアだ。

 結局、どのチームを選ぼうとも最終的には「強いメンバーを集めて天下を取る」か「最強になることは諦め、別の目標を目指す」しかないと感じてしまったのだ。良くも悪くもリアリティが最重要で、遊び心がない欧米産のゲームといえる。その年のブラックバーンではアーセナルには絶対に(毎回は)勝てない。5年後、10年後には選手もすっかり入れ替わり、勝てるようになっているかも知れないが、1年や2年では絶対に無理。という当たり前の現実は、ゲーム世界でも決して覆すことは出来ないようになっているのだ。

 そういう観点からすると、このゲームはどうやら、未来のリーグをシミュレーションするゲームであるようだ。未来の可能性、つまり、「ひょっとしたらこうなるかもしれない」という想像上の未来を現出するゲームと言える。それは、ゲームの発売された年の頭を起点にして、ゲームが始まることからもわかる。力点は、「その年以降の未来」に置かれているのだ。

 でも、このゲームで私がしたかったのは、どちらかというと現実への反逆なんだよね。

 01/02シーズンのブラックバーンでプレミアを制覇する。日韓ワールドカップで、日本を優勝させる。2003年度のバロンドールをハカン・シュクルに取らせる。2002年度のヴァンフォーレ甲府をJ1昇格させる(これは出来たけど)。

 こういったことをやって、現実に刃向かう快感を得たいのだ。そういった意味では、私にとってこのゲームは、「ゲーム時間は1995年からスタート」くらいでやりたかったかも知れない。現在有名だが、当時無名の選手を先物買いするような、「タイムマシーンで過去に戻ってイカサマ競馬」的なことを含め、現実の歴史を覆すゲームの方が、私の嗜好にはあっているようだ(光栄の「三国志」や「信長の野望」のテーマと根元的には同じかも)。

 ってなわけで、CM01/02は非常に良いゲームだとは思うけど、長続きはしない感じでした。

 よーし、誰もよまなそうな時代遅れのゲーム感想文で、とりあえず紙面、もといWeb面は埋めることが出来たぞ。うむうむ。

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