日記: 1月11日(2011年)

 2010年を振り返ってみて、私の場合のインターネットライフの変化が、大きく二つあった。

 そのうちの1つは、コンテンツの中で動画の存在感が急速に大きくなっていったということだ。

 以前から観ることはしていた。ニコニコ動画がブレイクしたのっていつ頃だろう? 私がニコニコ動画を観始めたのは、レミオロメンの「粉雪」動画がなぜか流行っていた頃で、たぶんニコニコ動画の初期の頃だったと思うから、2007年初くらいなのかな? それ以来、頻繁に動画サイトを観るようになっていったし、私の中で動画というメディアの地位は上がってきてはいた。

 ただ、2009年から2010年でこれまでと大きく変わったのは、観るという受動的な面だけではなくて、能動的な部分、つまり私や私の知人が、コンテンツを提供する側に回るということが急増したという点だ。

 自分のゲームの様子を動画に撮る。編集する。アップする。はたまた友人の動画に私のキャラクターが出る。そういう身近な動画体験が頻繁に起きるようになってきた。「一部の動画職人」と「その観覧客」のものだった動画というフォーマットが、私たちの内輪間の楽しみのためのツールにもなったという点で、その変化の意味は大きかった。

 私はもともとTVや映画のような映像文化に馴染まない性質だ。ドラマも映画もアニメもよく知らないしほとんど観ない。にもかかわらず、いまやオンラインの動画コンテンツはかなり観るようになっている。これは第一にはVOD的な部分、つまり観たいコンテンツの種類や時間を自分で選択できる、という要素が大きい。だけど今年に入ってからはそれに加えて、「自分も提供者になれるメディアである」という親近感、気安さが、その傾向に拍車をかけた。

 今では、時間ベースで言えば、ウェブ閲覧時間の半分近くが動画を観る時間になっているかもしれない。10年前にそんなことをしていたら、おそらくその数倍の「DL時間」がかかっていただろうに、世の中も変わったものだ。

 動画を観る、というのは時間対情報量の効率が悪いことが多いので、なんとなく時間を無駄にしているような気がしないでもないし、昔はそういうことを、自分が映像文化に馴染まない性質であることへの理由付けに利用していた。

 だけど、もうなんというか、すっかり老いさらばえた(14歳の)私としては、そういう教条的なことは、いまやどうでも良くなりつつあるのでした。うくくくく。

日記: 1月11日(2011年)」への2件のフィードバック

  1. Kaede

    私がネット始めた頃は、56kだったんですが
    1M落とすのも悲惨でしたねー

    ISDN 64K118K やばい早いって感じたあの頃が懐かしいです まぁ戻りたくないけど(笑

    私はネット自体あんましなくなりましたね
    PC自体触りたくないです家で(笑

    昔フルテレホ毎日してました
    今10分も家でPCに触れない 変ったなー(笑

    でも今は携帯でなんでも見れるから便利になりましたよね。
    まとまりの無いコメントでした(-^;

    返信
  2. Nez/蝿

    まとまってなくてどこにコメント返しすれば!

    回線と言えば、アナログ回線つなぐときの音が懐かしいですね。

    ぴーぎょー、どぎゅんどぎゅん、ぴーがー。

    PCは家庭環境にもよりそうですね。
    一人暮らしだとPCくらいしかインタラクティブなものが
    家にないので、そこにすがる日々です。
    実家に帰ったりすると、家族とはいえ話し相手がいるので、
    PCに向かう時間は激減しますな。

    返信

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