日記: 1月19日(2013年)

 以前ちらっと話した、BSフジで放送していた中国ドラマの「三国志」。楽しく視聴していたんだけども、その時はワンクール分の13話くらいまでしか放送されなかったので、当然そこまでしか観られず、尻切れトンボ感が否めなかった。

 だけど、その後、今年の夏くらいかな? その頃からまた放送が再開された。全95話を平日毎日1話ずつという恐ろしいペースでだ。おかげで全話視聴することができたわけなんだけども、しかしそれにいたる道のりは、決して平坦ではなかった。

 放送再開の報を受け、これは是非観なければ、と思ったものの、さすがに平日毎日リアルタイムには観られない。ならば当然録画しようという発想になるわけだけども、我が家にはTVの録画環境がない。

 そこで、実家には録画環境があったので、実家のTVを自動録画するようにセットしておいて、週末に帰ったときにでも、ちまちま消化していく、という作戦を取ることにした。

 しかし、いかんせん供給ペースが早すぎた。週に5話ずつ増えていく録画本数。しかし毎週実家に帰るわけでもなく、実家に帰っても観る暇があるとも限らず、消化ペースはどう頑張っても平均2話/週がいいところ。全然間に合わない。おかげで一時は録画話数が50話くらいにまで溜まってしまった。

 さすがにその頃になると、たいして容量もない実家のTVのHDDを圧迫すること甚だしく、実家から「早く観にこい。消すぞ」というような催促を受けるというような緊急事態にまで陥った。

 それでもなんとかHDDの残容量をやりくりし、暇をみては消化し続けた結果、この年末休みにラストスパートをかけることができたこともあり、この度ついに全話視聴完了に至ったわけだ。いやー、長かった。

 普段からTVをよく観る人にとっては、50時間分程度の撮り溜めは日常なのかも知れない。でも普段長時間TVを観る習慣がない私にとって、これは未踏の行為だった。こんなにTV番組を多く観た期間は、ここ数年なかったに違いない。そういう意味でも、すべてを観終わった今、なんだか妙な達成感を感じている。

 さて、観終えての感想も一応。

 素材の良さ、という部分はもちろん大きいだろうけども、莫大な制作費、製作期間に裏付けられたスケール感の大きさが随所に見られ、巨大な素材に負けまいとする気概のようなものが感じられ、気持ちがよかった。、また大河ドラマとしてみても、物語の進行に不明瞭なところがなく、テンポよくわかりやすくい、良質なエンターテインメント作品だと感じられた。

 また、三国志演義をまともには読んだことがなかった私にとっては、三国志演義という超有名作品の主要人物、事件の大まかな部分が把握できた、という点でも非常に興味深く、後学ためになったとも思っている。ドラマ版固有の脚色があったにせよ、まぁ、大筋では三国志演義なるものが理解できたと思う(もう忘れた箇所も多々あるにせよ)。そんな知的好奇心も満たしてくれるという側面も含め、格好の娯楽作品だった。

 残念ながら終盤はなんだかだれてしまって、娯楽というよりは、義務感で観ていた、というようなところが無きにしも非ずだったけど、これはきっとドラマそのもののせいじゃなくて、原作や正史がそういうものであるせいなんだろう。曹操や周瑜が生きている間が一番面白かった。水滸伝の百八星集結後がつまらないのと同じように、三国志演義の終盤もそういうもの、と割り切ることにした。

 中国四大奇書で言うと、西遊記派であり水滸伝派であった私。このドラマを見ても、結局、三国志演義よりも、西遊記や水滸伝のほうが好きかな、っていう自分の中での序列は変わっていないけど、今までほどには、三国志演義に距離を感じることも、なくなった気がしている。むしろ西遊記や水滸伝と同じように、話題に上ると親近感を覚えるような、そんな位置の物語になったよ。うむうむ。

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