というのも、父親が以前こんなことを言っていたのだ。
「倉庫の中に、昔買った大量の炭が余っていて、使い道がない。もったいない」と。
よろしい、ならば私が使ってやろう。
ということで、かつて頻繁にソロキャンプツーリングしていたころのことを思い出し、ひっさしぶりに炭火で焼いた肉を食らってやることにしたのだった。
ソロキャンツーでは、積載量の問題からコンパクトな炭火焼きグリルを使っていたのだけど、今回は空間に大きな余裕がある。ということで、わざわざ今回のために昔ながらの七輪を用意した。大量の炭があるというから、めったに使わなそうだとはいえ、七輪を買っても、そのうち元は取れるだろう。
いや、まぁ、手持ちの金属製のバーベキューグリルを使ってもよかったんだけどね。ただ「七輪」という道具を自分で所有したことがなかったので、つねづね興味があったし、七輪のほうが、庭バーベキューの絵面として、金属製のグリルよりもレトロ感が出ていいかな、と思ったので、衝動的にポチっと注文してしまったのだ。
強いて他のより合理的な理由を挙げるなら、暑い夏にバーベキューなんぞをのんびりするなら、断熱性の高い素材であるほうが、熱が横方面に伝播しにくくていいかと思った、ということもある。まぁこちらは取ってつけたような理由でしかない。
まあいい。
ってことで、いざバーベキュー開始・・・
・・・のはずだったんだけどさああああああ。
おい。
おい、オヤジ。
倉庫のどこを探しても、大量どころかひとかけらの木炭もないじゃぁないか。
七輪まで買ってその気になったのにどういうことだ。
「あれ? じゃぁ、もう捨てたんだな」とかケロッと言ってる場合じゃないぞ。
おいいいいい。
ふぅ・・・。
仕方ない、それじゃ自前の炭を使うか。
いやー、ついでに処分してしまおうと、かつてのソロキャンツーの頃に余らせていた炭も、自宅からもってきておいて、本当に良かった。
しかしなんというか「実家の炭を消費するため」にいろいろと用意をしたのに、その目的が達成できないとなると、いきなりテンション下がるな。なんのために七輪まで買ったんだか。かといって「炭を消費するための七輪を消費するために炭を買う」のもアホっぽいしなぁ。・・・まぁいいか。
実家の縁側にどっかと座り、縁側から手の届く距離の庭側に七輪を置いた。自分は家側、七輪は庭側というフォーメーション。これで1人バーベキューを開始だ。
なお諸悪の根源である父親は、当然のようにこんな酔狂な行事には不参加。クーラーの効いた部屋で、のんきにそうめんを食っていた。ぺっ。
別段、凝ったことはするつもりもないので、焼き物は業務スーパーで仕入れた大量の冷凍やきとり一本勝負だ。半解凍くらいになったのを、順次七輪上の網に乗せては焼いていく。
セミの声に青い空。灼ける日差しと縁側の日陰。七輪からはじゅうじゅうと肉の焼ける音。ビールの入ったグラスの表面は、結露した水玉が陽光を反射して輝いている。扇風機が暑い体の汗を蒸発させ、蚊やり豚から立ち上る蚊取り線香の煙をかき乱していく。
火が通ればいいのでは、というはやる気持ちを抑え、食い気を我慢し、焦げる寸前の最高の状態になるまで待ちに待ったやきとりを、ついにつかみ上げ、頬張る。炭火でしか出せない香ばしさと、噛むごとに飛び出してくる肉汁とが、瞬時に口内に広がる。安い冷凍やきとりであることを差し引いても、極上の体験と言わざるを得ない。そしてその極上を、冷えたビールで流し込み、次なる極上に備える。
最高の夏の昼だった。
・・・まぁ火おこしとか、片付けとかが面倒くさいし、そもそももう木炭がないので、そうそうはやらんけどね。
たまには、いいかな。