10th Aniv.: Online Striker

 早く完成させないと11周年になってしまう。10周年記念企画の9つめはOnline Striker(OS)だ。

 日韓ワールドカップが開催された2002年6月。日本代表の活躍で国民総にわかサッカーファンとなったこの時期に、タイムリーに投入されたのがこのオンライン・サッカーゲーム、Online Strikerだ。

 名も知らぬ小会社ディンゴがαテストと銘打って開始したこのゲームは、サッカー選手22人全員を、インターネットでつながったプレイヤー(操作者)のキャラクターにして競技を行わせるという、誰でも思いつくけど誰もやらなかった、斬新なゲームだった。そして当時の多くの日本国民と同様に、にわかサッカーファンになっていた私は、このゲームにまんまと飛びつき、そしてすっかりはまってしまったのだった。

 αテスト開始初期。22人対戦サーバーが2、3個くらいだったかな?たったそれだけとはいえ、44~66人が遊べる環境が用意されていたんだけど、毎晩サーバーは満員御礼の賑わいを見せていた。あまりに込み合っていたため、なかなか参加することが出来ず、ましてや遊びたいポジションで遊ぶことは大変難しかった。

 開始から数日間の盛況ぶりは、ワールドカップ効果による一時的な活況だったと思うけど、最初の数日を過ぎてもなお、その盛況振りが衰えなかったのは、もともとの出来が良かったからに違いない。かく言う私も、「なかなか参加できない」「なかなか好きなポジションを選べない」「なかなかサッカーにならない」という三重苦だったにもかかわらず、性懲りもなくログインを試み、しがみつくようにプレイし続けた。いろいろと理不尽な要素もあったけど、ボールとフィールドだけを与えて好きにプレイさせるというシンプルさと、プレイしていて鬱陶しさを感じさせない挙動の軽快さが大当たりだったのだと思う。

 また、OSはゲームそのものとともに、プレイヤーやそのコミュニティも成長していくゲーム、という点で、非常に稀有な体験を与えてくれた。

 αテスト開始当初は小学生のような、本当に情けない団子サッカーばかりだった。それが、ポジショニングの重要性が多くのプレイヤーに浸透していくことで、徐々にサッカーらしいプレイができるようになっていったことには、妙な嬉しさがあった。自分だけでなくプレイヤー全員が、日に日に進歩していくことに、あたかも革命の時代を生きているような、周囲のダイナミックな変化の体感があって、実に興奮したのだ。

 そうやってプレイヤー全体の戦術やテクニックが向上していくたびに、私もそれに対応していかなければならなくなって、そのあたりの試行錯誤もまた楽しかった。FPSでAIM(狙いの精度)を上げるような、プレイヤーの物理的な鍛錬ではなくて、場面場面でどういったポジショニングをとるかというような、戦術的な点で工夫をする余地が多くあり、かつ、それがかなりダイレクトに結果として現れるというところに、OSの真価があったように思われる。もちろんAIMが必要でないわけではない。ただ、「なくてもなんとかなる」のだ。パスを通す程度の大雑把な狙いさえつけられれば、瞬間的にゴール隅を狙わなければならない攻撃的ポジションをするときを除けば、全く問題がないのである。いや、問題がないと言うよりも、そんな技術よりも重要な知識や思考力がいくらでもあった、というほうが正しいかもしれない。

 多くのゲームはプレイするにつれ簡単になっていくものだけど、OSは遊べば遊ぶほど難しさが見えてくるという、難儀な、しかし最高な遊び道具だった。ただ毎晩サッカーゲームをやっているだけなのに、不思議なほど飽きが来ない日々だったように思い出される。

 逆にFPSのAIMのような、物理的・操作精度な能力に欠けていた私は、早々にそういった能力が必要となるFWのポジションをあきらめ、守備的なポジション、とりわけ3-5-2の5番や6番といったボランチと呼ばれるポジションに的を絞って遊んでいくようになった。これはにわかサッカーファン、というか、にわか日本代表ファンとなっていた当時の私にとって、正しいフォーメーションとはトルシエジャパンの3-5-2であり、ヒーローは日韓ワールドカップで目立っていた稲本や戸田だったから、といえなくもない。

 開始当初のOSでは、守備的MFに絞ってプレイする人などはほとんどおらず、いても私のように変態的にどう動くべきかをネチネチ考えているような人もいなかったので、OS初期の極々限られた時期には、名ボランチ、のような地位にまで、ほんの、ほんの一時とはいえ、立ちさえした(私がうまかったというよりも、他が未熟だったのだ)。そんな地位でプレイすることが楽しくないわけがなく、ますます私はOSにハマっていったのだった。

 やがてプレイヤーチームが次々と興り、有志による大会の開催、オールスター戦の実施、リーグ戦の開幕と、OSとそれを取り巻く環境は次々と進化していき、その前途は洋々としているかに思えた。

 しかし、その破局はあっけなく訪れた。

 OSの開発元であるディンゴは、もともと「OSというゲームのアイデア、企画にお金を出してくれる販売元」を探すために、大々的な公開αテストを行っていた。そして、公開より1年たった2003年8月、無事発売元がスクエア・エニックスに決定したことを受けて、αテストはその目的を、およそ想像しうる最高の形で達成し、終了したのだ。

 このこと自体は、いわば「我々が育てたOSの成功」であるとして、多くのOSプレイヤーから祝福され、「しばらくOSを遊べなくなる」という事実は甘んじて耐えるべきだと、穏やかに受け入れられた。

 しかし、このとき「しばらく」だと思っていた期間が、1年、2年と続き、5年が経過しようという今なお、OSの復活の気配はない。そう、OSはスクエア・エニックスに事実上「握りつぶされた」のだ。

 なぜOSのアイデアが製品化しなかったのか、その理由は技術的にも、経営的にも想像するしかない。私にわかることは、そして重要なのは、「OSはどうやら消滅した」という、受け入れがたい事実だけなのだ。

 今、元OSプレイヤーのうちで、OSの面影を忘れられない人たちの多くは、元OSプレイヤーの有志の1人が作り上げた、同コンセプトのオンラインゲーム「Dream Cup(DC)」で、かつてOSに求めていたものを、追い続けている。DCの出来は1個人の作品とは思えないほど良く、ポイントポイントではOSよりもサッカーらしい部分さえ少なからずある。だからOSは今となってはさほど必要とされていないのかもしれない。

 でも、それでも、私はあの頃の興奮を思い出しては、OSの復活を期待してしまうのだ。今でも、「あのOnline Strikerが、新しいモデル!コミュニケーションツール!チームシステム!その他さまざまな新機能を搭載して復活!」というニュースを期待してしまうのだ。

 この記念企画で語ってきたすべてのゲームは、現在プレイはしていないものばかりなんだけど、その現在プレイしていない理由といえば、「私から飽きて止めた」というものばかりだ。しかし、このOSに限ってだけは、私が飽きる前に、ゲームそのものがなくなってしまったのである。だから、私の中でこのゲームに対する情熱は、宙ぶらりんになってしまっている。情熱にピリオドを打つことが、おそらく永遠に出来ないのかもしれないのだ。

 キックオフは終わらない。

10th Aniv.: Online Striker」への2件のフィードバック

  1. 赤チキ

    OSなー
    復活したとしてもアイテム課金だろうな
    マラドーナヘアー全パラ+5 500円とかだな
    んで、女性キャラもいてフィールドはメイドやら水着やら
    それでも良いから復活して欲しいよな

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  2. Nez/蝿

    その後プロゲーマー(?)になった某氏が
    ことあるごとにOSの復活を願うコメントを残していたのが懐かしい。

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