その日、家に帰って用を足した私は、体に染みついたいつもの所作として、トイレの水栓レバーを引いた。
ぷちっ。
そんな手ごたえがあった。するとトイレのレバーは一切の抵抗を失い、カラカラと空回りするの実になってしまった。当然、水は流れない。
トイレを流せなくなってしまったのだ。
トイレを流せない・・・え? そんなことあるの? 想像だにしていなかった事態に、一瞬固まってしまった。今まで生きてきて、トイレを流せない、などという事態に遭遇したことなんてなかったし、遭遇するにしたって、世界一安心できるトイレである自宅のトイレで遭遇するなんて、不意打ちにもほどがある。あまりと言えばあまりの仕打ちだ。ひどい。
でも、わが身の不幸を嘆いていても事態は好転しない。なんとかしなければ。
そして格闘は始まった。
まずは症状を観察しなければ前には進めない。そのためにタンクの上蓋を外そうと持ち上げてみた。
・・・外れない。
考えてみれば当たり前なんだけど、手洗い付きの上蓋なので、手洗い用の蛇口にホースがつながっていて、そのままでは上蓋はずらせはすれども取り外せはしなかったのだ。そんな簡単な構造すら、今まで考えたこともなかった。
幸い、上蓋とつながるホースは、手で回せば外れる簡単なネジ構造になっていたので、くりくりと回すだけで外すことができた。
外した上蓋をトイレ脇にの床に安置し、タンク内を確認してみた。
タンクは長年の放置の末に溜まった水垢で赤茶けており、実に汚い。構造上ここに排泄物が来るはずはないんだけど、「トイレ」で「茶色」という組み合わせの汚れだと、どうしてもいやな想像が働いてしまい、余計に汚く見える。
でも、事ここに至っては、そんなことも言ってはいられない。ここでなんとかしなければ、本当に汚いほうの茶色をどうにもできなくなりかねないのだ。
決意も新たにまじまじとタンク内を観察してみると、故障の原因は明らかだった。
レバーと、それによって持ち上げられるタンク底部のゴム弁・・・フロート弁というらしい・・・との、間をつなぐ鎖が切れていたのだ。
切断部分はフロート弁側の接合部。フロート弁のゴムそのものがちぎれていた。構造が破綻しているので、レバーと鎖とは、簡単にはつなぎ直せそうもない。
さてどうしたものか。
とりあえず試しにタンクに手を突っ込み、フロート弁を手で持ち上げてみると、普通に便器内が水洗された。
よし、メカニズムはわかったぞ。とりあえず急場のしのぎ方はわかった。最悪、手で何とかなる。
でも、流石に毎回手を濡らすのは厳しいよな。そこで紐を用意し、その一端を両手をタンク内に突っ込んでフロート弁の接合部の切れ端に結び、逆の一端をタンクの外までもってきて、簡易的な水洗レバーとしてみた。
ぐいっとひっぱる。
じゃー。
よし、機能するな。
とりあえずはこれでしばらくの間は、それなりに文明的に用を足せそうだ。
さて、あとは今後どうするかだけど・・・。
もっとも簡単な案としては、故障個所をDIYで修理するというものが考えられる。フロート弁を買って、DIYで交換することは、案外簡単にできそうだ。価格もだいたい1000円前後と安い。
でも、せっかくの機会だから、これを機にトイレそのものを思い切って交換するのも手かもしれないなぁ。だいぶ老朽化してるし、新しいトイレにすれば掃除がしやすかったり、節水になったりと、メリットも多そうだ。
問題は、いまコロナの影響でトイレパーツの供給が滞っているという話だけど・・・。まぁ、一回業者に見積もりを出してみて、納期や価格を勘案して考えてみようかな。