退院後しばらくは、いろいろと不便があった。むやみに走ると、衝撃が背骨に響くし(背骨に響くって感覚、わかるかな? たぶんわかるまい)、コルセットは夏場暑いし、リハビリだるいし。
でも、歩けるというのはとてもすばらしいことだった。スーパーで物を選びながら買い物ができる。買うものを先に決めておいて、脚が痛くなる前にそれらを迅速に拾い集めるというようなタイムレースを自主開催しなくていい。
電車の中で30分でも1時間でも立ってられるというのは、なんて自由なんだろう。末期の頃は10分と立っていられなかったから、電車に10分乗って、席に座れなかったら降りて駅のベンチで休んで、また乗って、10分くらいで降りて、というふうにしか電車に乗れなかった。
優先席の有り難味がわかったし、しかし実際には滅多に優先されないということもわかった。優先されるべき人物かどうかなんて、老人か妊婦か以外では、外見上判断できないのだから当たり前だ。そして優先席は「譲られる」より「空いている」のほうが、はるかに嬉しいということもわかった。ヘルニア克服後、健常であるうちは「絶対に優先席には座らん」は私のルールになった。
あれから10年が経った。再発する人、完全治癒しない人、そういう人も世の中にはいるらしいけど、私には今のところそういった気配はない。理想的な術後経過だと思う。季節の変わり目に、一瞬疼痛がする瞬間があるけど、気にもならない程度のことだ。
もう先生の顔も、看護婦さんたちの顔も、3バカトリオの仲間の顔も覚えていない。でも、ヘルニア時代の不便さ、手術のつらさ、術後5日間の苦しさ、その後の入院生活の暇さ、退院時のうれしさなどは克明に覚えている。当時支えてくれた人たちへの感謝の気持ちは、筆舌に尽くしがたい。
だからそんな感謝の気持ちを、伝えきれないまでも伝えることで、このシリーズの締めとしたい。
ありがとう。