月別アーカイブ: 2007年5月

日記: 5月7日 (2007年)

 かにっ!
 かにっ!
 べんでぃんにー!
 わんもあせっ!

 ってなわけで、お試しで「ビリーズブートキャンプ」をやってみた。深夜の通信販売で話題の、あの軍隊式エクササイズだ。愉快なおっさんが愉快なノリで楽しませてくれるのではないかと期待して運動スタート。・・・したのだけど・・・。

 イヤイヤイヤイヤイヤ。
 ムリムリムリムリムリ。
 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。

 こりゃ、きついわー。この数年間運動らしい運動をしてこなかった私には、ビリーバンド(負荷を増すためのゴムひも)なしの基礎編ですら、とてもついていけなかったよ。とほほー。

 基礎編は全部で1時間弱のメニューなんだけど、私は情けなくも最初の30分でギブアップしてしまった。前半のうちはリズムに乗りながら楽しく汗をかける雰囲気なんだけど、開始30分くらいから始まる、グラウンドでの腹筋系のエクササイズには、全くついていけなかった。あんなパスパス腹筋使えんっちゅーねーん。しかもフローリングの床では腰が痛すぎるし。

 結局30分以降は、ぜーはー言いながら座り込んで、ただひたすら映像を眺めるだけで終了。そして最後にビリーと訓練生の勝利の雄たけびを聞きながら、1人自分の体力のなさを思い知った私なのでした。
 
 び、びくとりぃ。

日記: 5月6日 (2007年)

 GW最終日。今夜からは実家ではなく自宅からのPC環境・ネット接続となる。いよいよ死んでしまったPCの復旧に取り掛からねば。

 一応私の見立てでは、ぶっ壊れたのは電源のはずだ。電源ユニットは、私のPCの構成の中でも、最も古い部類のパーツだ。そろそろ壊れてもおかしくないし、そもそもとっくにパワー不足だった(「電力が足りないのでVGAの実力が発揮できません」、との警告がいつも出ていた)ので、電源が原因ならば、買い換えてもあまり心理的なダメージがない。むしろいい機会に買い換えられたと考えられる。

 ってことで、電源原因説を信じ、実家からの帰りに電源ユニットを買ってきた。ちょっと奮発して650Wの品だ。頼むぜー、動いてくれよー。

 そして帰宅後、パーツを組む前に配線だけして起動してみる。・・・動いた!

 やはり原因は電源だったようだ。動くことを確認できたので、あとはちゃんとケースに収めれば万事OKだ。換装完了後、PCを起動してみると、電力不足の警告も出ず、今まで以上に快適なPC環境が戻ってきた。

 ふー、とりあえず一安心だ。ネット依存症患者であるところの私にとって、PCの生き死には文字通り死活問題といえるからな!

VG: アルバム(5/5)「いまさらCIS」

 Lv20台後半のころ途中まで進めて、挫折したクエストを、今更ながらにこなしてきた。

 Lv20台後半で挫折したということからもわかるとおり、適正レベルはとっくに過ぎているので、いまやってみるとそんなに難しくはなかった。ただ最終戦のボスは、タンクがいなかったこともあってなかなか手ごわく、久々に緊張感のある戦闘を楽しむことができた。じわじわと減るボスのHPと、こちらのキャスターのENEの減りがリンクしている感じで、どっちが先に燃料切れになるかという、危機感のある戦いだったよ。

 で、念願の光る武器をゲット。一緒にとった仲間と記念にパチリだ。

日記: 5月5日 (2007年)

 予告どおりバイク屋へ。

 結果から先に言えば、FZ6 Fazer S2のブルーを契約してきました!ヤホウ!

 バイク屋に赴くと、約束どおりFZ1を持ってきてくれていた。第一候補のFZ6S2は前回バイク屋へ行ったときの日記のとおり、展示車を確保できないとのことだったので、まずは上位種とでも言うべきFZ1を見たり、跨ったりさせてもらって様子を探ることにしたのだ。んだけど・・・。

 う。う。ううううう・・・。あ、足がきつい。

 やっぱり80cm越えのシート高では、かなり足つきがやばい。片足でも足のひらの半分ちょい、両足だとつま先つんつん状態だ。乗れないことはないけど、かなり不安を伴う足つきで、旅先で坂道でのUターンとかをする際に、少し困ったことになりそうだ。短足がにくい。

 しかし、非常に迫力のあるエンジン音(ゼルビスと比べれば当たり前だ)や、渋い紺色の車体は非常に格好よかった。教習車のCB750と比べても、圧倒的に軽く、取り回しも楽で、そういう点での不安感は全くなかった。リッターマシンというステータスにも、小市民である私は少しだけ心が動く。バイク屋の店長さんも、「パワーは必ず慣れますよ」とか「シートのあんこ抜きすればもう少しよくなりますよ」とか「むしろFZ1のほうがツーリングでは楽ですよ」とか、心なしかFZ1をプッシュしてくる。24万ほどの価格差があるので、そりゃまーそーだろうけど。

 もともとFZ1は参考に持ってきてもらっただけなんだけど、なんだか実物が目の前にあって、しかもこんなに魅力を押し出されると、FZ6S2じゃなくてFZ1でもいいんじゃねー? っていう気分になってくるぞ。

 ここで私は悩んだ。どんなものだか見てわかる「キツさのわかっている」FZ1と、この場にない「キツさがゆるいだろうと勝手に想像している」FZ6S2の2択を迫られたのだ。希望条件的にはFZ6S2が圧倒的に有利。でも目の前にある実物というのは、それをすべてチャラにするだけの説得力を持っている。逆に言えば、実物を見ていない、という点がFZ6S2に心のブレーキをかけているのだ。ぬぬぬぬ。悩む。

 で、結局FZ6S2にした。当初の予定通りだ。少しでもシート高が低いほうがよいと思ったことと、24万の価格差が決め手だ。リッターのステータスを少し意識したとはいえ、もともと排気量信仰はそんなにない私だし、飛ばすわけでも全くないから、安くて安心というほうにしたのである。安心っつったら車買えって話だけどね。

 ってことで、ついに買ってしまったよぉぉぉぉぉ。納車は5月末くらい。楽しみだ。

 なお、哀れ愛車のゼルビス君は、わずか4万円でドナドナされていくのでありました。愛車との別れは初だけど、すごく悲しいな、これは。2回の事故後の復活費用で15万くらいかけてんだけど、売値4万てのも悲しい。でもヤフオクとかめんどいし、ちゃっちゃとお別れだ。

 THE BLUE BUS BLUESが心に響く。

日記: 5月4日 (2007年)

 GW中は混雑しているから、どこにも行かないでおこう。そう思っていたんだけど、ついつい天気がよかったので、家を出てしまった。

 今回は、去年7月に雨でなにもできなかった甲斐路のリベンジということで、R20をひたすら甲斐大和までいったあと、観光をして帰るプランだ。

 最初の写真は、R20の相模湖~大月にある、桂川清流センターのそばで撮った一枚。特に意味もなく、天気がよかった様子を記録したかったのでR20をはずれ、交通のないこの道路でパシャ。ちなみに桂川清流センターっていうのは、なんだか知らない。最初観光センターの類かと思って侵入を試みたんだけど、どうやら下水場かなんかのようで、立ち入り禁止だった。

 そのままR20を進む。大月を過ぎ、笹子に至る。普通ならここから笹子トンネルを抜けることで、甲斐大和に到達するんだけど、今回は笹子トンネルを使わず、県道212号(旧国道20号)を通り、笹子峠を山越えすることにした。笹子トンネルの開通後、国道から県道に降格したとはいえ、今でも「甲州街道」はこっちらしい。由緒正しい甲州街道の難所だ。

 ってことで笹子峠に向かってゆく。道は舗装された1.5車線くらいのクネクネ道路で、バイクでいくぶんにはなんら不自由がない。元国道とは思えないほど、恐ろしく交通量が少なくて、何度かバイクを止めて写真を撮ったりしても、2、3台の車・バイクとしか遭遇しなかった。快適快適。

 登りつめると、笹子隧道に到達する。250メートルほどのレトロチックなトンネルで、真の笹子峠の真下に当たるらしい。これができる前は、さらに上まで旅人は登っていたのかもしれない。よくしらんけど。

 このトンネル。古いだけあって、なんと無灯火。距離がさほどないとはいえ、中に入るとバイクのライト以外の光源がなくて、前方以外は真っ暗闇の世界。夏の夜に通れば、かなり怖い雰囲気になりそうなところだった。

 安全面でも大いに不安なこのトンネルだったけど、後続車も対向車もこなかったので、至って安全に通過できた。ふー。

 そしてトンネルを抜けると、そこからは下り坂。来た道と同じような距離を、今度はクネクネと下っていく。傾斜がだんだんとゆるくなってきて、下界の村々が見えてくると、なんだか妙なうれしさがこみ上げてくる。山越えたどー、みたいな。

 ちょうど村が見えてきて、かすかにR20らしきものも見えてきた場所の景観がよかったので、そこでまた撮影。遠くの山並みまでクリアに見渡せて、すごく気分のいい場所だった。

 上りはじめからこの地点までで、視認できた車両は合計で4台くらい。旧国道20号は、すごく人気のない道だったけど、なかなか面白い道でしたとさ。レトロなトンネルも、なかなか歴史を感じてよかったしね。まぁ、それ以外にはなーんもないけど。

 R20に復帰して、ちょっとだけ東京方面にもどると、そこが道の駅「甲斐大和」。私の行ったことのある「どうし」や「富士吉田」や「あしがくぼ」や「八王子滝山」に比べると、少々小ぶりな印象の道の駅だ。三角屋根がかわいいといえばかわいい・・・かな?

 そこで昼食をとる。これといった名物メニューもなさそうだし(あったらごめんなさい)、ってことで、単なるラーメンを食らう。立ち食いそばのラーメン級の品。450円。

 ざっとお土産を物色するも、信玄餅くらいしかめぼしいものがない。信玄餅は悪くはないけど、私自身があまり好きなわけでもないし、ありがちすぎて面白みにかけたので、なにも買わずに出発した。甲斐大和の皆さんすいません。

 続いて道の駅そばを流れる日川の上流にある景徳院へ。ここは武田家最後の当主、武田勝頼が自害した場所に、徳川家康が建てたとされる廟所だ。大河ドラマも武田家だし、ってことで見物に行って来た。

 景徳院には、武田勝頼、その妻、その子、の墓と、それぞれの生害石(自害したとこにおいてある石?)があった。そんなに参拝客がいたわけではないけど、来る人来る人が神妙な面持ちで墓や生害石に向かってお祈りをしているので、私もつられてお祈り。手と手を合わせて、南無南無。

 その後、さらに日川沿いに上流を目指すと、竜門峡という渓谷があった。どうやらハイキングコースになっているようで、数組の老夫婦が、周囲を散策していた。んだけど、さすがに私にはそこを散策するだけの気合がなかったので、ざっと眺めて立ち去った。

 この時点で時計は13時過ぎ。もう少しうろうろできそうだけど、GWのUターンラッシュに巻き込まれるのもいやだったので、とっとと帰ることにした。

 帰りは普通にR20を上り、大月から中央自動車道でさっさと帰ったのでありました。本日の走行距離は160kmくらいかな。ちなみに、東京都をでたらそんなに道は混んでなかった。都内はきつかったけど。

 【今回の旅程】
 往路:自宅―R20(甲州街道)―山梨県道212号(日影笹子線)―R20(甲州街道)―道の駅「甲斐大和」―山梨県道218号(大菩薩初鹿野線)―竜門峡
 復路:竜門峡―山梨県道218号―R20―大月IC―中央自動車道―自宅