日記: 6月19日 (2006年)

 以前のエントリーで購入報告をした「炊き立て一膳」。

 これでご飯を炊くと、悲しいことに相変わらず吹きこぼれるんだけども、下に受け皿を置いて対処することで、とりあえず使用し続けている。洗うべき食器が1つ増えてしまって、「炊飯器の釜を洗うよりは楽そうだ」という、そもそもの購入動機が、根底から覆されてしまっているんだけど、ま、いいでしょう。

 そんなわけで「炊き立て一膳」の購入以来、変則的な「自宅で白米生活」を、週に2-3食のペースで続け、やっとこさ2kgの米を消費するまでに至った。100%外食だった頃よりは、だいぶ健康的な食生活になったはずだ。・・・ん? 話のレベルが低い? いやいや、私にとっては、これは大変驚異的なことなのだよ。

 さて、白米を食える喜びを味わうに、最もふさわしい食事の1つが「ふりかけをかけて食う」という、シンプルな方法にあるということは、異論の余地がないことと思う(そうか?)。最近私は、この「ふりかけご飯」にハマっているのだ。「ふりかけご飯」などというものを食うのは、実に1年以上ぶりだけに、久々に食うとそれだけで実にウマい。

 ふりかけもスーパーに赴くと多種多様なものが売っている。その中でも私が特に愛するのは、「のりふり(丸味屋)」というものだ。「のりたま」ではないので十分な注意が必要である。

 このマイナーなふりかけは、味付け海苔と、青海苔と、ゴマ、あとは調味料だけという、「のりたま」以上にシンプルな一品。これ以上にシンプルなものになると、もはや「ごましお」ないし「しお」しかないという単純構成だ。

 しかし、単純ではあるものの、それだけに海苔の薫り高く、香ばしさが引き立っている佳作なのだ。単品でもうまい上に、自己主張が強くないために、他のおかずとの組み合わせにも違和感がない。オールラウンドプレイヤーとして、非常に重宝する。

 そんな「のりふり」の唯一にして最大の問題は、滅多に売っていないことにある。先日、遠方のスーパーで運命的な再開を果たし、昨晩の夕食で堪能させてもらった「のりふり」。非常にうまかったものの、これを食いきってしまったら、また長く食えない日々が訪れそうで、たいへん不安(大げさ)な私なのでした。

日記: 6月19日 (2006年)」への2件のフィードバック

  1. boness

    僕の一人暮らしの友は「ふじっこ」。
    これだけで三食いけます。
    贅沢に卵かけご飯に混ぜるという食べ方もあり。

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  2. Nez/蝿

    私がどうあっても食えないもの。
    それは、海草。
    海草=プラスチック、でガチ。

    海苔とか例外はあるけどね。
    昆布もわかめもだめぽ。

    返信

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