日記: 3月9日 (2007年)

 VGのネタばかりだったけど、たまには日記を更新する企画。

 ハンドルネームの話。

 結局ゲームやネットの話かよ、って感じだけど、それが人生の主軸になっている今日この頃なので、致し方ありますまい。

 さて、先日のこと。4年ほど前に知り合ったオンラインゲーム仲間に、10年ほど前のオンラインゲーム(Meridian59)の話をした。その過程で、私の当時のキャラクターをざっと見せたんだけど、それをみた友人は、こう漏らした。

 「10年前から同じ名前(Nez)なのがすごいな」

 実はこの件、凄い凄くないは別にして、少し意図的にやっている。


 Nezというハンドルネーム。これの元々は、ゲームセンターでハイスコア(?)を出した後に入力を求められる、3文字のアルファベット名に、ある日テキトーに入力したのがN・E・Zの3文字で、そのままそれが自分の中での、ゲーム時の名前のようになってしまったのが起源だったりする。で、オンラインゲームに手を染めはじめたときに、かつてのことを思い出して、Nezという名前を使いまわしたわけだけど、最初の数年はただ惰性で使っているだけだった。

 ところがNorrath Walkerというサイトを作った際に、そのサイトがスマッシュヒットしてしまったがために、ハードコア海外オンラインゲームという狭いコミュニティ内で、この名前が少なからず有名になってしまい、その時から少し趣が変ってきた。誰も見向きもしない、無数のハンドルネームの1つであった「N・E・Z」の3文字が、知名度のあるサイトと結び付けられることで、ユニークなものへと変質した。使い捨ての道具から、守るべき資産となったのだ。

 これはサイトの訪問者数の向上を、ただ無邪気に望んでいた当時の私にとって、当然歓迎すべきことであったし、今でも多くの人に知らってもらえた幸運に対する喜びは、非常に大きいものだと痛感している。でもこれによって、私が私の中での「N・E・Z」の3文字に対する位置づけを、変えざるを得なくなった、ということもまた事実なのだ。

 時を同じくして、2ちゃんねるというモンスターサイトが一般化し始めた。容易に他者を挙げ、語りうる環境が提供されたことで、オンラインゲームにおけるハンドルネームの持つ重要性、ハンドルネームとリンクされた風評の影響力が、かつてとは比べ物にならないくらいに肥大化する時代がやってきた。

 「いつも誰かが見ているぞ」

 という強迫観念に似たものを持たざるを得ない時代になったのだ。いや、2ちゃんねるの有無に関わらず、こういう客観視する意識は必要ではあるのだけど、それがたまたま欠落した際の損害が、以前とは比べ物にならないほどダイレクトに本人に届くようになった、と言ったほうが正確かもしれない。

 これを期に、MMORPGに関するサイトを作っても、ゲーム内でのキャラ名を公表しない者、従来のキャラ名を変更する者が増えるようになった。良い意味での「オンラインゲーム界の有名人」という人々が、どんどんいなくなっていった。かつての有名人は変名したり、引退したりした。新しい有名人となるべき人々も、風評被害の防止という観点からか、魅力的なサイトを作りながらも匿名だったり、名前を出したけど出した杭を打たれて消えていったりしてしまった。ハンドルネームを名乗って語るのが礼儀、というような古き良きコミュニティサイトは影を潜め、源平武者のような名乗りを上げてのゲーム議論が交わされることもなくなっていった。一種厭世の空気が濃くなっていった。

 かくいう私もそんな気分になったことがある。今でこそ笑って言えるけど、当時の私は、EverQuestで一応仮にも代表を務めていたギルドを、ごく短期間で崩壊させ、「無能なNez」というレッテルが貼られてしまった、という自己嫌悪あるいは自戒に陥った時期にあった。当時、私はまだ2ちゃんねるの存在を知りもしなかったけど、その風評の影響力が低かった(少なくとも今ほどに高いとは認識していなかった)当時でさえ、名が多少知られている自覚があったがゆえに、その知名度の上に「無能」というレッテルがかぶせられた(と思い込んでいた)名を、今後も名乗り続けることに対して、強い抵抗感を覚えたものだ。

 そして始まったゲームが、Dark Age of Camelotだ(正確にはその前にAO)。そこで私は、敢えて「Nez」というハンドルネームを使用することにした。βテストでは使用しなかったんだけど、本リリース時に使用するように、腹を決めたのだ。

 たかがハンドルネームでなにを言っているのだ、と思われるかもしれないけど、当時の私にとって、これはそれなりに意味のある決断だった。

 私は無能であったかもしれないが、無礼であったことは(あまり)ないはずだ。意図せず他者を傷つけたことはあったかもしれないが、名を変えて誹謗から逃れるよりは、名を残して謝る機会を保持しよう。そしてこの名前の評判を少しでも回復するために、使い続けよう。

 少し格好良く脚色すれば、こんな決意を持って臨んだのだ。これ以降、「これは」という本物のMMORPGではNezの名を使う、というのが私の中でのルールとなった。どうしてもそれが出来ないときなどは、アナグラムにしたりしたのも良い思い出だ。

 この決断が今では、「捨てられない名前を持つことが行動規範となる」というようにまでなってきている。今では私のハンドルネームに、往時ほどのネームバリューはなく、私の行動なんて誰も見ていないに等しい。それでもハンドルネームに対する風評や、大げさにいえば歴史の評価を気にして行動するということそのものが、選択の誤りを防止する枷となってくれるのではないかと期待しているのだ。

 MMORPGでは、多くの仮想現実的欲望がプレイヤーを魅了してやまない。経験値、金、アイテム。そういったものに目がくらみ、非紳士的な行動をとりそうになった時にストップをかけてくれるのが、「ハンドルネームの保持」という、「匿名を匿名でなくす縛り」なのだ。

 他人の顔色も、地位も、財産も、自分の存在さえも気にしなくていい仮想社会。不都合があればすぐに別人に生まれかわりさえできる世界。せめて己の名声でも気にしなければ、いつ箍がはずれてもおかしくない。私のような弱い人間ならなおさらだ。

 名こそ惜しけれ。

 匿名のネット社会には、全くそぐわない思想だけど、そんなことを考えながらプレイするのもいいんじゃないかな、と思っている私なのでした。

日記: 3月9日 (2007年)」への5件のフィードバック

  1. teltel

    現実世界でも被り物をすると性格変わる人います。ハンドルネームという素顔をさらすことで自分の行動に責任が発生するんでしょうね。ただ、簡単に捨てられる顔ではありますが。
    ただ、私もようにもっと気の小さい人間は、例え名前を変えても非紳士的(普段が紳士か?という突っ込みは無しで)行動のプレッシャーに負けてしまい非情になれないのですが。

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  2. v

    私は知り合いと一緒することが多いのでよく同じハンドル使ってますが(お試しPlay等は適当に付けたりします)まぁ確かにある程度は行動の抑制になってるのかな。

    箍が外れているお祭りなどみれば良くわかりますが殆ど捨てキャラですね(笑)

    古き良き紳士(珍士)達は元気ですかのう。

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  3. Nez/蝿

    teltelさん:
    ですね。
    しかしかく言う私も、和製ゲームやMMO以外では、
    いろんな名前をなのっていたり。
    こういう堅い遊びかたをしたくなるのが、
    MMOだけなのかもなぁ。

    vさん:
    自称紳士というと、seekさんを思い出すんですよね。
    なんでだろ。

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  4. Tetra

    Nezさんは強いですね・・・

    それはそうとSeekさんは本物の紳士ですよ?
    EQではレベル1桁から一緒に遊ばせてもらいましたが,グチを言ったりアイテムにこだわったりっていう場面に出会ったことは一度もありませんでした。
    すごい人です。

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  5. Nez/蝿

    tetraさん:

    照れる。
    といいたいとこだけど、逆ですね。弱いゆえの措置。
    私はひねくれもので、人を出し抜き、抜け道を探し、ズルをし、
    楽をするのが大好きな人間なので、
    機構的に阻止しないと大変なのだ。

    Seekさん含むDirenさん一味の掛け合いが好きだったなぁ。
    なぜか私と組むと、誰が紳士かでいつも言い合っていたよ。

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